テナントニーズの変化を見極める~オフィスビル経営者のためのCRE戦略~
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テレワークやハイブリッドワークの普及に伴い、企業における働き方が大きく変化し、オフィス戦略にもその影響が広がっています。従来の固定的なオフィスに代わり、柔軟な働き方を支える新しい空間が求められる時代になりました。
このようなテナントニーズへの対応は、オフィスビル経営において収益性を維持するためにも欠かせません。さらに、サステナビリティの重要性が高まる中、持続可能な管理や運営もテナントの満足度を左右する重要な要素です。
本記事では、変化するテナントニーズおよび市場動向を踏まえ、オフィスビル経営者が取り組むべき戦略を解説します。柔軟な運営体制や新しい契約形態といったこれからのオフィスのあり方を探ります。
目次
1. オフィスマーケットの現状
昨今のオフィスマーケットは、供給数と空室率が地域ごとに異なる動きを見せています。都心部はオフィスビルの新規供給が続いており、需要も一定水準を保っています。一方、地方都市では供給の停滞が見られ、地域の差が顕著です。また、空室率は全国平均で上昇傾向にあるものの、都心部の一部では低い空室率を維持しており、立地による需要の差が鮮明です。
オフィスの移転や拡大、縮小といった動きにも注目が集まっています。大企業を中心に働き方改革やサステナビリティ対応などの一環として、新たなオフィスへ移転や拡大を進める動きが目立ちます。一方、中小企業ではコスト削減を理由にオフィスを縮小するケースも増加しています。業種別では、ITやスタートアップ企業が拡大に積極的ですが、製造業などでは縮小の動きが進んでいます。
また、オフィスビルの規模によって需要の違いが見られます。大型オフィスビルはアクセスの良さや設備の充実度などが重視されますが、中小規模オフィスビルでは柔軟性やコストバランスなどが重要視されるのが一般的です。どの規模の物件であっても、立地や利便性はテナント企業にとって重要な選択基準となっており、駅近の物件への需要が特に高まっています。
2. 変わりゆくオフィスニーズとその背景
社会情勢や働き方の変化を背景に、オフィスの役割と企業のニーズは大きく変化しています。リモートワークの普及や多様な働き方への対応が求められる中、オフィスは単なる物理的なスペースから、従業員の生産性やエンゲージメントを向上させる場としての役割を担うようになりました。具体的には、柔軟な働き方を支えるレイアウトや健康的で快適な環境の提供、さらにはコミュニケーションの活性化を目的としたスペース設計が求められています。本章では、近年のオフィスニーズ事情について解説します。
2.1. 働き方の変化
リモートワークやフレックスタイム制の普及により、従業員は必ずしも固定された場所で働く必要がなくなりました。これに伴い、柔軟な働き方を支えるための様々なオフィス形態が展開されています。
その中でも、シェアオフィスは多様な働き方に対応する選択肢として台頭してきました。複数の企業や個人がひとつの空間を共有する形態は、小規模な企業や短期的なスペースニーズを持つ企業に支持されています。また、「ワンフロアは必要ないが、利便性や設備の整った場所で働きたい」というニーズに応える物件も増加しています。
さらに、通勤時間の短縮やリモートワークの課題を解消する手段としてサテライトオフィスが注目されています。主要拠点から離れた場所に設置される小規模オフィスは、従業員が自宅や本社以外で働く選択肢を提供し、多様な働き方を支援しています。
このように、働き方の変化により、シェアオフィスやサテライトオフィスのような柔軟なオフィス形態が広がりつつあるのが現在の流れです。これらの形態は、従業員の生産性向上や企業の経営効率化に寄与するものとして、ますます需要が高まると考えられます。
2.2. オフィスの多様化
「出社をして働くのが普通」という常識が崩れつつある昨今ではオフィスの役割も見直され、出社したくなるオフィスが求められるようになってきています。例えば、場所の提供以外でのオフィスの価値としては、以下が挙げられます。
- 創造性を引き出す
- コミュニケーションを活性化させる
- 生産性を上げる
創造性を引き出すための方法として、フリースペースを増やし打ち合わせや相談をしやすくする、自由に使えるモニターやホワイトボードを多数設置するといった取り組みがあります。フリーアドレスやフレキシブルなフロアレイアウトも従業員間の会話や意見交換を促しコラボレーションを促進する一例です。
休憩室を設けたり、フロア間の仕切りをなくして他部署との交流をしやすくすることでコミュニケーションの活性化を図る企業もあります。対面でのコミュニケーションが可能な点は出社の大きなメリットです。そのメリットを最大限に活かすことで、社内を活性化させるだけでなく新たなアイデアを生み出す土壌を作る効果が期待できます。
また、オフィスの快適性も重要な要素です。高機能な空調整備システムやオフィス内カフェなどの設備があると従業員が良好なコンディションで仕事ができ、満足度も高まります。中には、オフィス内にリフレッシュスペースやマッサージルームを設けている企業もあります。
現代のオフィスには「従業員が集まって仕事をする場所」としての機能だけでなく、上記のような付加価値が求められていると言えるでしょう。
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2.3. オフィスにおけるサステナビリティ
CSR(企業の社会的責任)の重要度が高まり、環境配慮型オフィスへの需要も増加しています。リユースやリサイクルにより廃棄物を抑えるゼロエミッション活動、ビルオーナーとテナントが環境負荷低減や執務環境の改善について取り決めを交わすグリーンリース契約など、オフィス関連の環境活動は数多く存在し、近年注目を集めています。
また、2025年のカーボンニュートラル実現に向けて、日本ではZEB化が促進されています。ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)とは、省エネ設備や自然エネルギーの活用によって、建物の運用で発生するエネルギーをゼロに近づけることを目指した建築物です。例えば、再生可能エネルギーを利用した建物の運用や、屋上緑化スペースの確保などが代表的です。
環境配慮の機運が高まる中でビルに付随する各種設備は進化を遂げ、取り組み事例も年々増加しています。ビル運営においてサステナビリティへの取り組みは特に注力すべき事項のため、状況や事例を把握しておくことが重要です。
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3. オフィスマーケットへの影響
前章で述べたオフィスニーズの変化に伴い、オフィスマーケットにも変化が現れています。これらの変化は単なる空室率や賃料変動に留まらず、不動産投資や資産価値にも広範な影響を及ぼしています。
3.1. 空室率と賃料の動向
2019年、三大都市圏のオフィス市場は極めて好調な状態にありました。東京では空室率1.6%、賃料上昇率5.9%を記録。大阪も空室率1.8%、賃料上昇率8.8%と力強い成長を示し、名古屋においても空室率2.7%、賃料上昇率4.5%と安定した市況を維持していました。
しかし、2020年以降、コロナ禍の影響により市場は大きく変動します。特に2021年には、企業のオフィス縮小の動きが本格化し、東京では賃料が15.7%という大幅な下落を記録。大阪、名古屋でもそれぞれ5.9%、7.6%の下落となりました。
2022年から2023年にかけては、市場調整が進み、下落幅は大幅に縮小。特に2023年は、好調な企業業績を背景に新規需要が喚起され、東京の空室率は6.0%まで改善しました。大阪では新規供給が少なかったことから空室率4.1%まで改善し、名古屋でも地区外からの移転需要等により市況は安定化しました。
2024年から2025年にかけての見通しは、各都市で異なる様相を見せています。東京では2025年に空室率4.7%まで低下し、賃料も2.7%上昇する見込みです。大阪は2024年に過去最大規模の新規供給が予定されているため一時的に空室率が上昇するものの、2025年には改善に向かうと予測されています。名古屋は最も早い回復が見込まれ、2025年には空室率3.4%まで低下する見通しです。
現在の市場で特徴的なのは、ビルグレードによる二極化です。アクセスが良く最新設備を備えたプレミアムグレードのビルは高い需要を維持している一方、築年数が経過したビルや立地条件の劣るエリアでは、フリーレント期間の設定や内装工事費の補助などの施策が必要となっています。この二極化傾向は、企業のオフィス選択における優先順位の変化を反映しており、今後も継続すると予測されるでしょう。
出典:一般社団法人日本不動産研究所「東京・大阪・名古屋のオフィス賃料予測」
3.2. 不動産投資や資産価値への影響
オフィス需要の変化は、不動産投資や資産価値にも大きな影響を及ぼしています。特に資産価値は、ビルがテナント企業のニーズをどれだけ満たせるかに大きく左右されます。ニーズの変化が大きい昨今では、古いビルをそのままにしていると競争力を失うリスクが高まるでしょう。
そのため、多くの古いビルにおいてはリノベーションや再開発による再投資が急務です。例えば、最新の空調設備やエネルギー効率の高いシステムを導入することで、環境性能や快適性などを向上させ、テナントの満足度を高めるなどの取り組みがあります。一部のビルオーナーは、外観や共有スペースなどを一新するリノベーションを行い、築古ビルを魅力的なオフィス空間へと再生させています。
また、再開発も重要な選択肢です。特に都心部においては老朽化したビルを解体し、新しいオフィスビルを建設する動きが活発化しています。このような再開発は、ビルそのものの資産価値を高めるだけでなく、地域全体の魅力を大きく向上させる効果も期待できるでしょう。
働き方改革に伴うオフィスニーズの変化は、不動産市場にも影響を及ぼしています。特に、柔軟な働き方に対応できる物件や、快適性と持続可能性を兼ね備えたオフィスは、投資家からの評価が高まっています。
さらに、ゼロエミッション対応やウェルネス認証の取得などの取り組みも注目を集めている状況です。これらは、環境配慮が求められる社会的背景や、従業員の健康を重視する企業姿勢に呼応したものであり、物件の長期的な競争力と投資価値を高める要素として評価されています。
4. これからのオフィスのあり方と方向性
これからのオフィスは、多様化する企業ニーズに応える付加価値の創出が欠かせません。ハイブリッドワークに対応する柔軟な空間設計や、IoTやAI技術などを活用したスマートオフィス化、環境性能の向上など、テナント企業の課題解決に向けた総合的なアプローチが必要です。さらに、これらの要素に加えて柔軟な契約形態を提供することで、オフィスは企業の持続的な成長を支える重要な経営資源としての役割を果たしていきます。
4.1. 付加価値を高めるオフィスの進化
オフィスビルの競争力を高めるためには、多様化する企業ニーズに応える付加価値の創出が不可欠です。近年の働き方改革とテクノロジーの進化により、オフィスのあり方は大きく変化しています。
ポストコロナ時代において、オフィスは単なる業務スペースから、対面でのコラボレーションや創造性を引き出す場へと進化しています。フリーアドレスやオープンミーティングスペース、集中作業ブースなど、多様な働き方に対応する柔軟なレイアウトが、これからのオフィスには欠かせません。このような空間設計の変革は、ハイブリッドワークが定着する中で、オフィスの存在意義を再定義する重要な要素となっています。
スマートオフィス化も、オフィスの付加価値を高める重要な要素です。IoTやAI技術を活用することで、より効率的で快適な職場環境を実現できます。具体的には、入退室管理や利用状況の自動モニタリングによる空間最適化、センサーによる照明・空調の自動制御によるエネルギー効率の改善、さらには予約システムやモバイルアプリを活用した柔軟なスペース管理などです。これらの技術導入は、運営効率の向上とユーザー体験の改善に直接的に貢献します。
環境性能の向上も、企業価値に直結する重要な要素として注目されています。省エネルギー設備の導入や再生可能エネルギーの活用、ゼロエミッション対応など、環境負荷低減の取り組みは、入居企業のESG戦略や企業イメージ向上に寄与するでしょう。環境配慮型オフィスへの需要は、企業の社会的責任が重視される現代において、ますます高まっています。
また、築古ビルのリノベーションは、これらの要素を総合的に導入する有効な手段として注目されています。既存建物の価値を最大限に活かしながら、耐震性能の向上や最新設備の導入を行えば、環境負荷を抑えつつ新たな価値を創出することが可能です。このアプローチは、サステナビリティの観点からも、経済性の観点からも優れた選択肢となっています。
これらの要素を総合的に取り入れることで、オフィスビルは入居企業の生産性向上と持続可能な成長を支援する重要な経営資源となります。今後も技術革新や働き方改革の進展に合わせて、オフィスの付加価値向上への取り組みは続いていくでしょう。
4.2. 賃料と契約形態の柔軟化
オフィスの短期契約や、利用時間に応じた課金モデルが登場し、特に成長途中のスタートアップ企業や働き方改革を進める企業にとっては魅力的な選択肢となっています。契約形態の自由度が高いと企業は社内状況や外部環境の変化に対応しやすく、コストの削減や柔軟な方針変更が可能になります。
エリア別の賃料動向も重要な要素です。三大都市圏(東京・大阪・名古屋)では、依然として高い賃料水準が維持されています。地方では需要減少に伴い、賃料の下落傾向が見られますが、交通アクセスの良いエリアや、サステナブルな設備を備えた物件は人気が高い傾向にあります。画一的な価格設定をするのではなく、地域ごとの特性に応じた賃料戦略が必要です。
5. オフィスビルの変化に対応した戦略的なビル経営の視点
オフィスビルの競争力を向上させるためには、テナントニーズの変化に対応した戦略的なビル経営が求められます。テナント企業の満足度を高めるためには、最新のニーズを把握しそれに応じた対応をとることが重要です。立地や賃料に留まらず、従業員の生産性向上や交流の活性化といった新たな価値を提供できるかどうかが、入居率を高め収益を維持するポイントとなります。
設備や施設の定期的なアップデートも重要です。最新の空調設備やセキュリティシステム、IT技術の導入により、快適で安心な環境を提供し、オフィスの価値を高めることができます。築古物件については、リノベーションや適切なメンテナンスを通じて資産価値を維持し、効率的な運用を検討しましょう。
宅地建物取引士
矢野 翔一 氏
Shoichi Yano
関西学院大学法学部法律学科卒業。有限会社アローフィールド代表取締役社長。
保有資格:2級ファイナンシャルプランニング技能士(AFP)、宅地建物取引士、管理業務主任者。
不動産賃貸業、学習塾経営に携わりながら自身の経験・知識を活かし金融関係、不動産全般(不動産売買・不動産投資)などの記事執筆や監修に携わる。